【2018年最新】トゥール・スレンの歩き方【行き方・入場料・時間】

【2018年最新】トゥール・スレンの歩き方【行き方・入場料・時間】

今回はカンボジアで有名な観光地の1つ、「トゥールスレン」の歴史や行き方について解説していきます。

カンボジアでは、今から約40年前に大虐殺がありました。この大虐殺で、
わずか3年8ヶ月と20日の間に当時の総人口の約1/4(200万人)以上が亡くなった
のですが、なぜこのような大虐殺が起こってしまったのでしょうか?

その時代背景も含めてご紹介します。
また、実際にトゥールスレンやキリングフィールドを訪ねましたので、その時の様子や感想も含めて情報を共有していきます。

カンちゃん
約40年前の日本ではちょうどピンクレディーが流行っていた頃、、そう考えるとゾッとするね、、、

 

キリング・フィールドの行き方についてはこちらの記事を参照してください。
≫【2018年最新】キリング・フィールドの歩き方【行き方・入場料・映画】

 

トゥール・スレンの歴史

トゥール・スレンの拷問の様子

トゥール・スレンの拷問の様子

クメール・ルージュ誕生

今から約40年前の1975年4月17日、ポルポト政権( 通称 ”クメール・ルージュ” )がプノンペン を侵略しました。

プノンペンから追放された人は十分な休息や食料を与えられないまま、地方で農業という強制労働を強いられた後、各刑務所へと収容されました。

トゥール・スレン刑務所はもともと高校

『反革命分子』とみなされた人々は家族とともに次々に捕らえられ、各刑務所で激しい拷問と尋問をされました。

ここトゥール・スレン刑務所もその1つです。
ここは、もともと平穏な高校でした。


この刑務所に収容された数およそ2万人に対して、生還したのはわずか7人です。

拷問を受け生き延びた人々は最終的にキリング・フィールドへ運ばれ処刑されました。

なぜポルポト政権は虐殺を行ったのか?

ポルポト 政権が目指した理想像が “原始共産主義” でした。
原始共産主義とは簡単にいうと、学校も病院も全てを無くし原始時代の頃の様な生活(国民全員が農民化し自給自足)を目指すことです。

原始共産主義を実現するために知識人と呼ばれる人々(医者、弁護士、教師など反発勢力になり得る者たち)を虐殺していきました。

カンちゃん
もっと歴史を詳しく知りたい人は以下の記事が参考になるよ。

 

トゥール・スレンへの行き方

トゥール・スレンに飾られている絵

トゥール・スレンに飾られている絵

トゥール・スレンの場所

空港からトゥール・スレンまでの行き方

空港からトゥール・スレンまで行くにはタクシーかトゥクトゥクに乗る必要があります。

タクシーやトゥクトゥクに交渉で乗る場合、ボッタくられる危険が高いので気をつけましょう。

Grabがおすすめ

タクシーやトゥクトゥクに乗る際、Grabを使った方が断然お得です。
Grabは配車サービスアプリで、現在地と目的地を入力すれば交渉なしで乗り物を手配してくれます。

手数料は一切かからない上に直接交渉するよりも断然安いです。

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プノンペン空港からトゥール・スレンまでの相場【4ドル~】

実際にGrabを使った料金は以下のようになりました。

プノンペン空港からトゥール・スレンまでの料金(タクシーの場合)

プノンペン空港からトゥール・スレンまでの料金(タクシーの場合)

プノンペン空港からトゥール・スレンまでの料金(トゥクトゥク)

プノンペン空港からトゥール・スレンまでの料金(トゥクトゥク)

4000リエルで1ドルなので、トゥクトゥクの場合4ドル、タクシーの場合8ドルかかります。

ぜひ参考にしてみてください。

 

トゥール・スレン虐殺博物館に到着

トゥール・スレンの入り口の様子

トゥール・スレンの入り口の様子

入場料

入場料は5ドルかかります。

※10〜18歳は3ドル、9歳以下は無料です。

入り口で、日本語音声ガイドとパンフレット、チケットをもらいました。

 

トゥール・スレン入り口で配られるチケットとパンフレット

 

トゥール・スレン場内の様子

トゥール・スレン入り口で配られるパンフレットの中身

トゥール・スレン入り口で配られるパンフレットの中身

校舎は全部でA棟からD棟まで4つあります。

  • A棟(写真左):犠牲者はここでむち打ち電気ショックなどの拷問を受けていたそうです。
  • B棟(写真上部左側):収容された人々の顔写真や拷問の風景が部屋中に貼られています。
  • C棟(写真上部右側):1階と2階が独房で、3階が雑居房席です。たたみ1畳分のスペースをレンガで区切って使用していたようです。
  • D棟(写真右側:)残酷な拷問を描いた絵実際の拷問器具の他、犠牲者の頭蓋骨も展示されています。

 

トゥール・スレン内部の写真

トゥール・スレン内部の写真

トゥール・スレン内部の写真です。

右奥に見える校舎がA棟で、ここで残酷な拷問が行われていました。

右側で見切れている校舎がB棟です。

トゥール・スレンA棟内の1室

トゥール・スレンA棟内の1室

このベッドに手足を縛られ、鞭や電気ショックで拷問されていたそうです。

トゥールスレンC棟の廊下

トゥールスレンC棟の廊下

C棟には金網が1階から3階まで張り巡らされていました。

昔ここで飛び降り自殺をした方がいたためです。

トゥール・スレンC棟の1室

トゥール・スレンC棟の1室

C棟の1室の写真です。

レンガで1畳分のスペースに区切っている独房で、床には今でも生々しい血痕が残されていました。

トゥール・スレン内部の写真

トゥール・スレン内部の写真

写真左に見えるのが、犠牲者への追悼を表すモニュメンです。

右奥の校舎がD棟で、残酷な拷問の様子を描いた絵や道具、犠牲者の遺骨が飾られていました。

カンちゃん
昔はここに犠牲者の頭蓋骨で埋め尽くされたカンボジアの地図が展示されていたんだけど、不謹慎だと批判され撤去されたらしいよ。今は写真でのみ展示されてるよ。

1周するのにかかる時間

場内はそこまで広くないので、1周するだけなら1時間ほどでまわれます。

私の場合は音声ガイドも最初から最後までしっかり聞いたので2時間以上かかりました。

 

観覧する際の注意点

かなり刺激の強い写真やガイドも多かったので、
不安な方は全てを聞く必要や回る必要はない
ということを覚えておいてください。

自分も耐性が無かったので、途中気分が悪くなり木陰で20分ほど休憩しました。

自分のペースで無理をしない程度に観覧することが大事です。

感想

ここに収容された犠牲者の人々の顔写真を見ると、恐怖に怯える者、怒りで目をギラつかせている者、瞳の奥にまだ希望を失っていない者など、さまざまな”人”がいました。

この”人”たちがここでどのような生活をし、どのような最後を遂げたのかを思うと胸が苦しくなります。

また、人の命を簡単に持て弄ぶ人間の残虐性、間違った思想に基づく洗脳の恐ろしさを認識しました。

 

『負の遺産』は二度と同じ過ちを起こさないために戒めとして存在します。

ぜひこの地を訪れて、ここで感じたことや学んだことを家族や友人に語り継いで行ってください。

映画「キリング・フィールド」

 

カンボジアの大虐殺を映画化した作品があります。

1984年に英国で製作され、その年のアカデミー賞において、
助演男優賞・編集賞・撮影賞
の3部門を受賞しました。

実際にカンボジア内戦時に現地で取材をしていた記者をもとに作られた実話です。

 

演者の中でも、カンボジア人助手のディス・プランを演じたハイン・S・ニョールは特別です。

彼はカンボジア出身の医師で実際に4年の間、
クメール・ルージュの元で強制労働に就かされた経験
があります。

演技経験のまったくない素人でしたが、この作品でアカデミー助演男優賞を受賞しました。

 

アマゾンプライムで視聴可能

アマゾンで購入することができます。

現地を訪れる前にこの映画を見て予習しとくことをおすすめします。

カンちゃん
当時の様子を映画でも勉強しとくと、さらに深く知ることができるね!

 

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